親に効いた限りでは、私がいわゆるガリからいわゆるデブになったのは幼稚園の
年長組の約1年くらいの間のことであるらしい。そのせいか身長175cm、胸囲1m
超、体重100Kg近く、概ね健康体で虚弱とは無縁の今でも自分が虚弱体質だと思
えてしまう不思議な瞬間がある。これは多分その頃の記憶なんだろう。
私は未熟児で生まれ、それから幼稚園くらいまでの間は虚弱体質で物があまり食
べられず、食べても戻したりいたので痩せていた。これがどうも5歳くらいに
なって成長によってヒッソリ体質が改善したのだが、親がその微妙な変化に気づ
くのが遅れ、その間、飯をたっぷり食べさせていたら一年後の小学校入学時には
体重30kg超の立派な肥満児になっていたということであるらしい。
振り返ってみるに、どうやら私は肥満児が問題になりだした頃のハシリだったよ
うに思う。(確認はしていないが、新聞とかで肥満児問題見かけるようになった
のは私が小学校3~4年の頃じゃなかったかと思う。)つまり肥えた子供は当時ま
だあまり問題だとは思われていなかったのだ。そんな中、喘息もちで食べては吐
きしてたガリガリな息子がモリモリと飯を食って徐々に肉付きが良くなってくる
のを見たときの親の安堵の気持ちはわからんでもないので責めることはできない
だろう。
それに私の子供時分、1970年代当時、日本の栄養学は(研究はともかく社会レ
ベルでは)戦後の貧窮状態からの流れもあっていかに栄養を摂取するかというこ
とが主流のテーマであり、減量の研究はまだまだだったようだ。(小学生当時、
肥満児問題を啓発しようとする記事を新聞でよく見かけたし。)
ウチの場合母は栄養士の資格も持っていたから当時としては平均よりは専門的な
知識を持っていたであろうと思われるのだが、現代の水準からは決して十分な肥
満対策が取れていたとはいえなかった。(現代でもダイエット関係はもっともら
しい説からマユツバ物の説まで噂が乱れ飛ぶ業界ではあるのだけれども。)
例えば肥満が明らかになった小学校入学後、急に総カロリー量だけコントロール
されることになった。その際、加減しやすかったのか炭水化物がカロリー的に数
値が高くなりやすいからなのか、炭水化物を主に減らされ、育ち盛りを通じてご
飯を茶碗一杯に制限されて、随分ひもじい思いもした。
そして父は父で息子の消費カロリーを増やそうと毎朝数キロのランニングに連れ
出し、竹刀を素振りさせ、縄跳びのノルマを課したりした。が、残念ながら運動
がキライになっただけでまったく痩せはしなかった。(多分体力はついたんだろ
うからまったく無駄ではなかったのかもしれないけれども。)思い返すとそりゃ当
然で、食生活に関しては大人並みに肉は食い放題…つまりは脂肪も取り放題の食
生活だったからだ。今なら献立をもうちょっと精査してバランスをとるんだろう
し、運動も闇雲にノルマを課したりせず運動能力と嗜好を踏まえてメニューを考
えるんだろうけどね。
…というような経緯でデブになり、以降長~くもちもちポンポン((c)アリア社
長)と付き合うことになったりした私なのだった。
年長組の約1年くらいの間のことであるらしい。そのせいか身長175cm、胸囲1m
超、体重100Kg近く、概ね健康体で虚弱とは無縁の今でも自分が虚弱体質だと思
えてしまう不思議な瞬間がある。これは多分その頃の記憶なんだろう。
私は未熟児で生まれ、それから幼稚園くらいまでの間は虚弱体質で物があまり食
べられず、食べても戻したりいたので痩せていた。これがどうも5歳くらいに
なって成長によってヒッソリ体質が改善したのだが、親がその微妙な変化に気づ
くのが遅れ、その間、飯をたっぷり食べさせていたら一年後の小学校入学時には
体重30kg超の立派な肥満児になっていたということであるらしい。
振り返ってみるに、どうやら私は肥満児が問題になりだした頃のハシリだったよ
うに思う。(確認はしていないが、新聞とかで肥満児問題見かけるようになった
のは私が小学校3~4年の頃じゃなかったかと思う。)つまり肥えた子供は当時ま
だあまり問題だとは思われていなかったのだ。そんな中、喘息もちで食べては吐
きしてたガリガリな息子がモリモリと飯を食って徐々に肉付きが良くなってくる
のを見たときの親の安堵の気持ちはわからんでもないので責めることはできない
だろう。
それに私の子供時分、1970年代当時、日本の栄養学は(研究はともかく社会レ
ベルでは)戦後の貧窮状態からの流れもあっていかに栄養を摂取するかというこ
とが主流のテーマであり、減量の研究はまだまだだったようだ。(小学生当時、
肥満児問題を啓発しようとする記事を新聞でよく見かけたし。)
ウチの場合母は栄養士の資格も持っていたから当時としては平均よりは専門的な
知識を持っていたであろうと思われるのだが、現代の水準からは決して十分な肥
満対策が取れていたとはいえなかった。(現代でもダイエット関係はもっともら
しい説からマユツバ物の説まで噂が乱れ飛ぶ業界ではあるのだけれども。)
例えば肥満が明らかになった小学校入学後、急に総カロリー量だけコントロール
されることになった。その際、加減しやすかったのか炭水化物がカロリー的に数
値が高くなりやすいからなのか、炭水化物を主に減らされ、育ち盛りを通じてご
飯を茶碗一杯に制限されて、随分ひもじい思いもした。
そして父は父で息子の消費カロリーを増やそうと毎朝数キロのランニングに連れ
出し、竹刀を素振りさせ、縄跳びのノルマを課したりした。が、残念ながら運動
がキライになっただけでまったく痩せはしなかった。(多分体力はついたんだろ
うからまったく無駄ではなかったのかもしれないけれども。)思い返すとそりゃ当
然で、食生活に関しては大人並みに肉は食い放題…つまりは脂肪も取り放題の食
生活だったからだ。今なら献立をもうちょっと精査してバランスをとるんだろう
し、運動も闇雲にノルマを課したりせず運動能力と嗜好を踏まえてメニューを考
えるんだろうけどね。
…というような経緯でデブになり、以降長~くもちもちポンポン((c)アリア社
長)と付き合うことになったりした私なのだった。
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